ガラパゴスオンオニギリ

某ブラック企業平社員のSの日記。

稲岡薬師

そこに私とかなった日本人とアメリカ人そういう特別を境界線をどんどんとっぱらっていくっていうことですね。

それそれを知識だけではなくて体感としてできるようになった時におそらく私の言ってることの意味が分かると思います。

自分の母親が病で倒れた時に自分が心配するのと同じようにニコちゃんがおじいちゃんの病院に毎日通ったのと同じようにそれは不可能かもしれません。

がニコちゃんはブラジルあたりでおばあさんが薬もない状態でや 苦しんでるからも同じように痛みとして感じられるそこに境界線がないんです。

私の家族だからじゃなくて自分の家族であるとか家族でないとか人間であるとこ人間でないとか日本人であるとこ日本人でないと虎関係ないなその命として命が喜ぶことを喜びとし命が悲しむこと悲しい命が痛いと思うことは命は痛いんです。

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